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京都地方裁判所 昭和49年(人)2号 判決

請求者 甲野花子

右代理人弁護士 高田良爾

同 上村昇

拘束者 乙山太郎

拘束者 乙山春子

右両名代理人弁護士 芦田禮一

被拘束者 乙山一郎

右国選代理人弁護士 坂元和夫

主文

一  被拘束者を釈放し、請求者に引渡す。

二  手続費用は拘束者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求者

主文同旨。

二  拘束者ら

1  請求者の請求を棄却する。

2  手続費用は請求者の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求者

(請求理由)

1 被拘束者は、拘束者甲野太郎(以下拘束者太郎という。)と請求者との間に昭和四五年一一月二九日京都市○○区○○○○○上る丙川正夫医院において出生した嫡出でない子である。

2 被拘束者の親権者は生母の請求者であり、拘束者太郎とその妻の拘束者甲野春子(以下拘束者春子という。)は、親権はもちろん監護権も有していないのに、昭和四五年一二月一三日まだ生れたばかりの被拘束者を前記医院から連れ去り、これを勝手に拘束者らの嫡出子として届出、爾来その肩書住居地において被拘束者を監護し、拘束している。

もっとも、請求者は産後の休養のため、拘束者らにおいて一か月ほど被拘束者を預ってもらうことを承諾したことはあるけれども、拘束者太郎を被拘束者の親権者にしたり、拘束者らが被拘束者を監護養育したりすることを承諾したことはない。

3 ところで、請求者は、拘束者太郎から胎児をおろすようにいわれながら、出産後は自分の手でこれを監護養育しようと決意して被拘束者を出産したものであり、被拘束者の引渡を受けた後も、その生活は決して安易なものではないと思われるが、被拘束者を監護養育して行く決意は固く、請求者の両親もこれに協力支援を約し、殊に請求者の姉夫婦は請求者母子を手許に引取ってその面倒をみてくれることになっており、以上の諸事情を考えれば、現在拘束者らが請求者より経済的に安定していることは否めないけれども、まだ三歳余の被拘束者は、やはり生母である請求者のもとで監護養育されるのが最も幸福であると思われる。

なお拘束者らの前記拘束後本件請求まで三年余を経ているが、請求者は前記拘束後再三再四被拘束者の引渡を求め、昭和四六年三月頃拘束者らが前記のように被拘束者をその嫡出子として届出ていることを知ってからは一層その引渡を求めるため、話合による努力を続けてきた。しかし、拘束者らがかたくなにこれに応じようとしないので、やむなく同年六月一日京都家庭裁判所に、拘束者らを相手として親子関係不存在確認及び子の引渡の調停を申立たが、これも不調に終ったので遂に京都地方裁判所に拘束者春子に対する「親子関係不存在確認の訴」と拘束者らに対する「幼児引渡請求の訴」を提起し、一審ではいずれも勝訴判決を得る等、前記拘束後一貫して被拘束者の引取に努力してきたものであって、決して本件請求まで被拘束者の引取をなおざりにしてきたものではない。

4 これに対し、拘束者太郎は、請求者が被拘束者を妊娠したことを知ると、これを「おろせ」と言ってその出生を望まなかったばかりか、拘束者らは被拘束者と拘束者春子間には親子関係の存在しないことを自認しながら、請求者との話合に応じようとせず、請求者の拘束者らに対する前記請求者勝訴の判決にも控訴して、被拘束者を中心とした実質的解決よりも、専ら自らの利益を考えて事を解決しようとしている。

5 以上のとおり、拘束者らは何らの権限もないのに親権者たる請求者の意思に反して被拘束者を違法に拘束しており、また前記の諸事情からみて、請求者が被拘束者を引取りこれを監護養育することは被拘束者の幸福に適しこそすれ、これをもって著しく不当なものとは到底いえないから、拘束者らの右拘束の違法性は顕著なものというべきである。

6 よって、請求者は本件救済を請求する。

二  拘束者ら

(請求理由の認否)

1 請求理由第一項の事実は認める。

2 同第二項の事実中、拘束者太郎とその妻の拘束者春子が請求者主張の日時に被拘束者を拘束し、その主張の場所で監護し、拘束していること及び被拘束者を拘束者らの嫡出子として届出たことは認めるが、その余の事実は争う。

3 同第三項の事実は、請求者がその主張の頃京都家庭裁判所に主張の如き調停を申立てたが、それが不調に終ったので、京都地方裁判所に請求者主張の如き訴を提起し、一審ではいずれも勝訴したことは認めるが、その余の事実は争う。

4 同第四項の事実は、拘束者らが被拘束者と拘束者春子間には親子関係の存在しないことを認めながら請求者との話合に応じようとせず、請求者主張の親子関係不存在確認事件の判決については拘束者春子において、また子の引渡請求事件の判決については拘束者両名がそれぞれ控訴していることは認めるが、その余の事実は争う。

5 同第五項の主張はすべて争う。

(拘束者らの主張)

1 人身保護法に基づく救済は非常応急的な特別救済制度であるから、拘束が不当違法にして被拘束者の幸福を害することが明らかな場合に限って許さるべきものである。

(一) しかるに、請求者と拘束者太郎は、被拘束者出生の前後に、協議して右太郎を被拘束者の親権者と定め、仮にそうでないとしても、右太郎を被拘束者の監護権者と定めた。

そして、拘束者太郎は右権限に基づき、また拘束者春子はその履行補助者として、被拘束者を監護拘束しているものであるから、拘束者らの本件拘束には何らの違法性もない。

(二) 仮に、拘束者太郎に親権も監護権もなかったとしても、右太郎は被拘束者の実父であり、少くとも親権者になりうる地位を有しているのであるから、このような身分関係にある拘束者太郎が、その妻の拘束者春子を補助者として被拘束者を自己の手許で養育しているからといって、不当違法に拘束していることにはならない。

2 また本件救済請求は、被拘束者の自由意思に反してはこれをすることができないものであるが、被拘束者は既に生後三年余の間拘束者らの深い愛情のもとで養育され、決して自由を拘束されているとは思っていないのに、請求者は専ら自分の子供を育てたいという願いを達成する手段として本件救済請求をなすものであって、決して被拘束者自身の自由を求めているものではないから、本件救済請求は許さるべきではない。

3 以上のとおりであるから、請求者の本件救済請求は失当として棄却さるべきである。

第三疎明関係≪省略≫

理由

第一拘束の有無について

拘束者太郎とその妻の拘束者春子が、右太郎と請求者との間に昭和四五年一一月二九日京都市○○区○○○○○上る丙川正夫医院において出生した嫡出でない子の被拘束者を、同年一二月一三日以来肩書住居地において監護していることは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、被拘束者の年令からみて、同人が意思能力を有していないことは明らかであるから、拘束者らの被拘束者に対する右監護行為は、当然に被拘束者の身体の自由を制限する行為を伴い、人身保護法及び同規則にいう拘束に当るものと解するのが相当である。

拘束者らは、本件救済請求は被拘束者の自由意思に反してはこれをすることができないものであるところ、被拘束者は決して自由を拘束されているとは思っていない旨主張し、人身保護規則五条には、右前段の主張と同旨の規定があるけれども、同条は被拘束者が意思能力を有している場合の規定であることが、その法文自体から明らかであるから、本件の被拘束者が意思能力を有していないこと前説示のとおりである以上、拘束者らの右主張は失当である。

第二親権、監護権の存否について

一  被拘束者が請求者と拘束者太郎の間の嫡出でない子であることは前記のように当事者間に争いのないところであり、拘束者太郎とその妻の拘束者春子が被拘束者を拘束者らの嫡出子として出生届をなしていることも当事者間に争いがなく、以上の事実によれば、右出生届には拘束者太郎の被拘束者に対する認知の効力があるということができるけれども、右認知によって当然に被拘束者の親権及び監護権が生母の請求者から拘束者の太郎に移るものでないことは、民法八一九条四項、七八八条の各規定の趣旨からも明らかというべきである。

二  そこで、拘束者らの親権ないし監護権についての主張について検討するに、拘束者らは、拘束者太郎は被拘束者出生の前後に、請求者と協議して、右太郎を被拘束者の親権者と定め、仮にそうでないとしても右太郎を被拘束者の監護権者と定めた旨主張し、≪証拠省略≫中には、右主張事実に沿うような供述部分もみられるけれども、右供述部分は≪証拠省略≫並びに後記認定の出産前後の請求者及び拘束者太郎の言動等に比照してたやすく措信しがたく、他に拘束者らの右主張事実を認めるに足る疎明はない。

もっとも、被拘束者出生直後、拘束者らにおいて一か月ほど被拘束者を預かることとなった事実は請求者の自認するところであるが、≪証拠省略≫によれば、右は請求者の体調が十分でなく産後の休養を考慮した拘束者太郎の申出に請求者が応じた結果なされた短期間の監護の委託に過ぎないものと認められるから右事実は何ら前記判断の妨げとなるものではない。

三  してみれば、現在被拘束者の親権並びに監護権は請求者のみに属し、拘束者太郎は法律上被拘束者の父ではあっても、何らその親権、監護権はこれを有していないものというべく、又前記認定の監護委託契約も、前記認定事実によれば、既にその期限が到来していることが明らかであるから、結局拘束者らは被拘束者を監護すべき何らの正当な権限も有していないものといわなければならない。

第三拘束の顕著な違法性の有無について

一  法律上監護権を有しない者が幼児をその監護のもとに拘束している場合に監護権を有する者が人身保護法に基づいてその引渡を請求するときは、幼児を請求者の監護のもとにおくことが幼児の幸福のために著しく不当なものと認められない限り、たとえ拘束者の監護が平穏に開始され、かつ右拘束者が幼児の実親であり、しかも現在の監護の方法が一応妥当なものであっても、なお右拘束は顕著な違法性を失わないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年七月二五日第三小法廷判決、同昭和四七年九月二六日第三小法廷判決参照。)。

そこで、本件の場合、被拘束者を請求者の監護のもとにおくことが被拘束者の幸福のために著しく不当な結果を招来することになるかどうかについて検討する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、

(一) 請求者は、昭和四四年四月それまでバスガイドとして勤務していた観光会社を退職し、同年五月ナイトクラブのホステスとなって間もない頃拘束者太郎と知り合ってねんごろな仲になり、その後ホステスもやめて右太郎と情交を重ねるうち、翌昭和四五年二月頃被拘束者を懐胎したこと。

(二) ところが、拘束者太郎は、被拘束者の出生を喜ばず、堕胎を勧めたが、請求者は自分の手で監護養育しようと決意し、幼児の衣類なども自分で準備して、前記のように昭和四五年一一月二九日被拘束者を出産したこと。

(三) 請求者は、拘束者太郎の右のような態度からその妻の拘束者春子も妊娠しているのではないかと疑い、昭和四五年九月頃、拘束者春子に対して拘束者太郎の子を懐胎している旨告げたため、拘束者らの間に不和を生じたが、拘束者春子はかねて受胎能力がないと診断されていたこともあって拘束者太郎の説得に応じ、生れてくる子を拘束者らの手許で監護養育することを承諾したこと。

(四) 被拘束者出生直後、請求者と拘束者太郎との間に前記監護委託の合意がなされ、請求者は出産後約一週間で前記丙川正夫医院を退院し、被拘束者は黄疽症状のため丙川医師の指示で医院に留り、その後昭和四五年一二月一三日拘束者らに引取られ、その翌日請求者の関知しないまま前記のようにその出生届がなされるに至ったものであること。

(五) その後請求者は拘束者太郎に被拘束者の衣類などを渡したり、被拘束者の様子を尋ねたりし、約束の一か月が過ぎてからは、拘束者太郎に対し、再三再四被拘束者の引渡しを請求したが、拘束者太郎はその都度いま連れてくると寒いから被拘束者が風邪をひくとか、そう急がなくてもそのうち連れてくる等と言を左右にして、これに応じなかったこと。

(六) そこで請求者は、たまりかねて昭和四六年三月頃拘束者春子に被拘束者の引渡を要求したところ、拘束者らから強硬な拒絶を受け、又その頃被拘束者が戸籍上拘束者らの嫡出子となっていることを聞知するに至ったこともあって、請求者はやむなく、同年六月一日京都家庭裁判所に、拘束者らを相手として親子関係不存在確認及びの引渡しの調停を申立てたが、拘束者らが頑強に被拘束者の引渡しを拒否したため、右調停は不調に終ったこと。(右調停申立及びその不調の各事実は当事者間に争いがない。)

(七) よって、請求者は更に京都地方裁判所に拘束者春子に対する親子関係不存在確認の訴と拘束者らに対する幼児引渡請求の訴を提起したところ、前者については昭和四八年九月二八日に、後者については昭和四九年一月三〇日にいずれも請求者勝訴の判決があったが、拘束者らは右両判決に対し現在控訴中であること(以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。)。

(八) ところで、請求者は、現在まで一貫して被拘束者を自らの手で監護養育することを強く希望し、拘束者らに秘し第三者の仲介で何度か被拘束者と面会したり、昭和四五年一月頃復帰した観光バスガイドとして女性としてはかなりの収入を得ていることもあって、昭和四九年二月末現在で二〇〇万円近い預金をするほか被拘束者の衣類等も買整えるなどして、被拘束者との生活に備えているのみならず、請求者の親、兄弟等においても請求者と被拘束者の今後の生活に協力を約し、殊に被拘束者を引取った当初は姉夫婦が請求者と被拘束者を引取ってその面倒をみるかたわらその子供達との交流の中で請求者と被拘束者の物心両面での安定した生活の形成を図ることを考えており、請求者らはその後に石川県○○市で農業を営んでいる両親のもとに帰って家族の援助のもとで生活する意向であること。

(九) 他方、拘束者太郎は貸ビル業を営み月収一〇〇万円程度をえているが、被拘束者は拘束者らに引取られて以来三年六か月余の間、右のように経済的に恵まれた条件の下で養育され、拘束者春子は夫太郎との間に子供ができないこともあって、被拘束者の養育には心を配り、いまでは我が子同様の深い愛情を有し、拘束者太郎ともども、今後とも被拘束者を自分達の手許で監護養育したい旨強く望んでおり、被拘束者も拘束者らによく懐いていることがうかがえること。

が一応認められ、右認定を左右するに足るほどの疎明はない。

2  そして、以上の認定事実によれば、拘束者らの本件拘束は同人らの真意はともかく、請求者との前記監護委託の合意に基づき一応平穏に開始されたものというべく、現在までの監護養育にも別段の不都合はなく、拘束者らも被拘束者に強い愛情を持っており、将来も相当な監護養育を期待しうるものと認められるけれども、他方請求者についても出産前後を通じて母親としての愛情と配慮に欠けるところは格別認められず、現在被拘束者を引取った場合にも、経済的には拘束者らに劣ることはあっても、親兄弟等の協力をえて十分監護養育可能な事情にあるものと認められる。

なお、拘束者らが被拘束者を自宅に連れ帰り拘束しだしてから請求者の本件救済請求までに三年二か月を経過しているけれども、請求者はその間決して拘束者らの本件拘束を容認していたものではなく、被拘束者を円満裡に引取るためできる限りの手段を尽してきたものであることは前記認定のとおりであるから、右期間の経過につき請求者に責められるべき点は何もないのみならず、また出生後間もない頃から現在まで三年六か月余の間拘束者らのもとで監護養育されてきた被拘束者を、その生母とはいえ請求者の監護下に移すことは一時的にもせよ被拘束者の生活環境に変化をきたし、その心情に不安動揺を与え、そのこと自体は必ずしも好ましいことではないけれども、被拘束者がいまだ心理的にも固定化していない幼児期にあることを考えれば、請求者の愛情、監護養育の方法次第によってはやがて被拘束者との間に好ましい母子関係を形成していくことも十分可能なことと思料される。

二  そうすると、請求者が被拘束者を引き取り、同人を監護養育することは、それが被拘束者にとって最善の方法といえるかどうかはにわかに断定しがたいとしても、被拘束者の幸福のために著しく不当であるとは到底いいがたいから、結局拘束者らの被拘束者に対する本件拘束はその違法性が顕著である場合にあたるものといわざるをえない。

第四他の救済方法との関係について

請求者が、拘束者らを相手に幼児引渡請求の訴を京都地方裁判所に提起し、請求者勝訴の一審判決があり、現在拘束者らにおいて控訴中であることは前記のとおりであり、このような場合、右訴訟と別個に人身保護法による救済請求をなしうるかどうかについては議論の余地がないわけではないけれども、両者はその要件、目的、手続を異にし、かつ右引渡請求訴訟の確定を待ったのでは人身保護法によるほど適切かつ迅速な被拘束者救済の目的を達することができないことも明らかであるから、本件の如き場合は人身保護規則四条但書にいう「相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白」な場合に該当し、請求者は拘束者らに対し人身保護法による被拘束者の引渡しを請求できるものと解するのが相当であり、本件救済請求は右法条の要件にも欠けるところはない。

第五結論

よって、請求者の拘束者太郎、同春子に対する本件救済請求はいずれも理由があるからこれを認容して、被拘束者を釈放し、同人がまだ三年六月余の幼児であることを考え、人身保護規則三七条を適用して被拘束者を請求者に引渡すこととし、手続費用の負担につき人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島崎三郎 裁判官 工藤雅史 渡辺修明)

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